
E. J. Bellocq
E. J. べロック
E.J. ベロックについて私たちが知っていることは、噂や推測の域を出ていません。
20世紀初め、ニューオーリンズでカメラマンを職業としていたことはわかっています。第一次世界大戦中、彼は造船会社でいわゆる無難な写真を撮っていました。外見も行動もかなり変わっていたと伝えられています。不器量で、人付き合いが悪く、偏屈だったようです。周囲からはありきたりのカメラマンに過ぎないといった評価を受けていました。
歳を取り、写真業から退いたあとはニューオーリンズの町中を歩き、新型の小型カメラの複雑な操作に四苦八苦している様子が目撃されています。
しかし、ベロックにはもうひとつ秘密の顔がありました。
彼の死後、100枚ほどの感光板が机の引き出しから発見されました。1912年から撮影されていた、ニューオーリンズの娼婦たちのポートレートでした。それらの写真はどう見ても誰かに依頼されて撮影したものではなさそうでした。そこには豊かな着想とゆとりが感じられ、愛を込めて作られた作品ということがよくわかります。
優れたポートレート写真とは、写真家と、撮られる側との共同制作の結果だといえます。ベロックのポートレート写真が個性豊かなのは、被写体の個性によるものが大きいのです。それにベロックが手を添えることによって、女性が写真のなかで本当の自分を表していくのです。
ベロックの作品として現存しているのは、この娼婦たちの写真だけです。彼の死から15年後、写真家リー・フリードランダーが発見し、非常に感銘を受けて、後にそれらの感光板を買いました。
ベロック自身がプリントしたものは残っていなかったため、リー・フリードランダーはベロックが活動していた当時一般的に使われていた手法でプリントしました。
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ニューオーリンズの売春地区ストーリーヴィルの娼婦たちを撮影した写真集。
- E. J. BELLOCQ.mp4 (スペイン語)































