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ベレニス・アボット
Berenice Abbott [1898-1991]
Berenice Abbott ベレニス・アボットは、1920年代、第1次世界大戦後の空前の大繁栄をとげた中西部出身のアメリカ人で、その後芸術活動の拠点をパリに移しました。
1921年、「彫刻家」としてパリに到着したアボットは、フランスの彫刻家エミール・アントワーヌ・ブールデルのもとで創作活動を続けました。
1923年にアボットはマン・レイの写真スタジオのアシスタントになり、その2年後ウジェーヌ・アジェの写真を初めて目にすることになります。 アジェの作品に満ちている「写真」という表現手段の力強さに決定的な衝撃を受けた彼女は、写真を自分のライフワークとすることを決意します。


Berenice Abbott
1926年、アボットは自分自身の写真スタジオをオープンし、3年間にわたりパリの知的階級に属する著名人などのポートレートを撮影しました。 この時代のパリには、アーティスト、有名人、社交界に出入りする人々が無尽蔵に存在し、アボットは彼らを多数撮影したのです。

1927年、アジェの作品に心酔していたアボットは、アジェにポートレートを撮影させてくれるよう説得しました。

撮影後ほどなくしてアジェは亡くなります。生前彼は生活のために2621枚ものネガをフランス政府に売却、死後も友人や相続者が2000枚以上のネガを売ってしまっていましたが、アボットはなんとか残りを購入することに成功し、世界に紹介することに尽力しました。


Berenice Abbott
アボットが撮影したポートレートのうち、最も有名なものはアイルランド出身の作家ジェイムズ・ジョイスの写真です。

陰気な、奇妙なほど生気のない光があたりを包み込み、この作家の飾りピン、手、右耳、高級な帽子、エレガントな前かがみが示す深い疲労感を強調したり美化することなく淡々と描写しています。

写真の中のジョイスはまるで、あまりに膨大な言葉をきっちり正確な順序に並べるという途方もない作業に憔悴しきっていて、生きているのがやっとという風に見えます。


Berenice Abbott
当時ジョイスは肉体的に疲労困憊していただけでなく、作品の著作権侵害、妻の重病、締め切り、また、悪化しつつある視力にも苦しめられていました。
イギリスの出版社主だったハリエット・ショー・ウィーヴァーに宛てた手紙の中にこう書かれています。

「自分が20歳の若造だと思う瞬間もあるが、一日の半分は自分が965歳だと感じる」

もしかすると聖書に登場する969年生きたといわれるユダヤの族長メトシェラを意識して「969歳」と書くつもりだったかもしれませんが、ジョイスの几帳面な性格からしてメトシェラより4歳だけは若いという彼ならではの表現だと考えるほうが妥当でしょう。


 


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ウジェーヌ・アジェ
Eugene Atget [1857-1927]
Eugene Atget アジェ・フォト 実際のところ、アジェの生い立ちや写真を撮った理由についてはよくわかっていません。
いくつかの断片的な事実や逸話などからぼんやりとした輪郭が浮かび上がっているだけです。

1857年、ボルドー近くのLibourneで生まれたアジェは、若いころは水夫をしていましたが、その後、旅回りの役者に転じました。脇役ばかりで大きな成功は収められなかったために、画家をやってみたりしましたが、結局40歳のときに写真を始め、これがライフワークとなったのです。

Eugene Atget アジェ・フォト
一見すると、彼は典型的なコマーシャルフォトグラファーのように思われています。けっして革新的な写真ではなく、当時すたれつつあったテクニックで愚直なまでに丁寧に仕事をしました。

晩年になると、そのテクニックは当時の流行から外れ、アナクロにさえ思われたはずです。
ムーヴメントを巻き起こしたわけでもなく、同調者もいませんでしたが、アジェの写真の純粋さ、強烈さに匹敵する写真家はほかにいないでしょう。

Eugene Atget アジェ・フォト
アジェの作品は2つの点でユニークです。
ひとつは、20世紀初頭のパリの街、文化のすばらしいカタログを作り上げたこと。
もうひとつは、現実を描写するドキュメンタリー性と、豊かな感受性による表現力を兼ね備えた写真家であるという点です。

このため、一見するとシンプルで、地味に見える彼の写真は、実は非常に豊かで、ミステリアスであると同時に真実をしっかりと捉えているのです。



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